文月悠光

読みもの

みなしごの惑星

文月 悠光

まなざしを宿らせたばかりの

赤ん坊の瞳に射抜かれる。

黒目の澄んだ光沢は、

抜ける青空に似て

立ち尽くすわたしを飲み込んだ。

人がこれを 産むのだという。

わたしは雲を臨むように

瞳の振動を追いつづけた。

 

二〇年後、街ですれ違ったら

きみはピンと尖った大人になって

輝く電車の窓に、針のごとく整列するのだ。

おとこやら、おんなじみた顔で

だれかに微笑みさえして。

 

(みんな踊っているけれど、

 あれは針が折れる音なんだってね。

 ふさいであげる 耳も目も。

 一〇年後にはだれも覚えていない今日なのだ。

 すこやかにやり過ごせたらと願う)

 

駅を走り出て見上げた、

空はみなしごの目をしている。

わたしたちは、見ることの先に

ちゃんと未来を産んでいるだろうか。

空の下でしてきたことを

すべて この空に告白できるのか。

 

根こそぎ奪い去られたあの日、

わたしたちは春を憎んだ。

姿かたちを失くしたあとにも

残り続けるものはないか、と

必死に波をさらった。

そんな針の日々はながく、

空をつぎつぎに突き通っていった。

針は空をにぎわせ、光を殺到させている。

やがて、永遠の朝に目覚めるか。

きみの瞳に

空は帰っていく場所を見つけた。

 

 

 

(初出:青年団リンクキュイ

『TTTTT』公演フライヤー 二〇一七年四月)

メディアに寄稿した詩やエッセイのうち、
書籍未収録の作品を一部掲載しております。

MORE

その他の作品・連載をWEBで読む

PICK UP